藤和建工

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家のことを、気軽に相談できる存在でありたい

代表・齋藤和徳

はじめまして。

藤和建工 代表の齋藤和徳です。

家は建てて終わりではありません。

年月とともに、暮らし方も、家に求めることも変わっていきます。

「この工事は必要だろうか。」

「あと何年過ごすことを考えて直せばいいだろうか。」

「今の自分たちに合った方法は何だろう。」

私は、そんなことをお客さんと一緒に考える時間を大切にしています。

ただ直すだけではなく、

これから先も安心して暮らせるように。

暮らしを共に考える。

それが、藤和建工の大工仕事です。

 

小さな修理から住まいのご相談まで、どうぞお気軽にお声掛けください。

経歴

暮らしを共に考える大工になった理由

はじめまして。藤和建工の齋藤と申します。

私は1980年に三条市に生まれました。写真は高校生のときのものですが、小さい頃から線が細く、小学5年生から陸上をしていたものの成績もあまり伸びませんでした。ただ、コツコツ続けるのは性に合っていたので高校3年生まで長距離の選手として続けることができました。

建築の世界に興味をもったのは13才のとき。私の伯父が大工をしており、お客様の家の車庫を解体して自宅に運んできたのを見て、「すごいな」と思ったのがきっかけです。

高校は普通科に進みましたが、将来は建築関係の道に進みたいと考えていたので理系を選択。卒業後は建築系の専門学校に入学し、おもに設計について学びました。

 

大手ハウスメーカーの現場監督から、憧れの建築の道へ

家を建てるだけではなく、暮らしを見る目を育ててくれた11年間

20才で専門学校を卒業した私は、自分の希望どおり大手ハウスメーカーに就職しました。現場管理の仕事を担当し、建売住宅を一度に100棟も管理するなど忙しい仕事ではありましたが、厳しい基準を設けている大手の管理体制の質について学ぶことができました。

その後、22才で学生の頃から憧れていた大工になるために建築会社に就職。見習いとして足場のかけ方から作業を覚えていき、さらに職業訓練校にも通わせてもらって大工仕事を学んでいきました。

この会社で5年ほど、主に新築住宅の現場で働かせてもらいました。

結婚して子どもが生まれたことがタイミングで伯父が経営する工務店に転職。伯父の会社はリフォームが多かったため、私もリフォーム工事をメインに行うようになりました。

喘息が教えてくれた、暮らしと住まいの関係

「どんな家で暮らしか」を考えるきっかけになった出来事

建築会社で働いていた25才のときに喘息を発症しています。

薬を飲んで症状を抑えながら働いていたのですが症状は思わしくなく、室内の壁にクロスを貼った住宅の中にいると頭痛がおきるようになりました。

34才で独立をするのですがその後も工事の現場で喘息や頭痛がおさまらず、使う材料によっては咳が止まらないこともありました。

「このままではマズい」。そう考えた私は、本格的に喘息について学びます。そこから、シックハウス症候群の存在につながりました。シックハウス症候群は建物内の科学物質やダニ、カビが原因でおこることや、自然素材を使った住宅にすることで症状が緩和できること。さらに、自然素材を使う場所や面積によっても効果が異なることを知りました。

この経験から、私は、「どんな材料を使うか」だけではなく、「その家族がどんな暮らしをしたいのか」を考えるようになりました。住まいは、毎日の心と体を支える大切な場所だと感じています。

私が大切にしていること

喘息や住環境について学ぶ中で、私がたどり着いた答えは、自然素材がすべてではないということでした。

 

大切なのは、そのご家族がこれからどのように暮らしていきたいかを考えることです。

 

長く住み続けたい家なのか。

必要なところだけ直したい家なのか。

子どもや孫へ残したい家なのか。

 

答えは、ご家族によって一つひとつ違います。

 

だから私は、決まった商品や工事を勧めるのではなく、まずお話を伺い、そのご家族にとって本当に良い方法を一緒に考えたいと思っています。

 

「暮らしを共に考える」

 

これが、私が大工として一番大切にしている想いです。

小さな修理から住まいのご相談まで、気軽に頼っていただける存在でありたいと願っています。

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